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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)80号 判決

福岡市博多区博多駅前一丁目二六番一五号

原告

大和建機開発株式会社

右代表者代表取締役

杉山義治

福岡市博多区諸岡四丁目三番九号

原告

昭和土木株式会社

右代表者代表取締役

中原健二

原告両名訴訟代理人弁護士

稲澤勝彦

同弁理士

藤井信行

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

深沢亘

右指定代理人

佐竹一規

松本禎夫

宮崎勝義

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

「特許庁が昭和五九年審判第一二〇四一号事件について平成二年一月二五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

荒木正則は、昭和五四年六月二八日、名称を「超泥水加圧推進工法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をし、大和技建株式会社は同五六年九月二二日、右荒木から本願発明についての特許を受ける権利を譲り受け、同年一〇月六日特許出願人名義変更届けをした。原告大和建機開発株式会社は昭和五八年九月二一日、右大和技建から本願発明についての特許を受ける権利を譲り受け、同年一〇月六日特許出願人名義変更届けをしたところ、昭和五九年四月一一日、拒絶査定を受けたので、同年六月二一日審判を請求した。原告昭和土木株式会社は昭和五九年九月八日、原告大和建機開発株式会社から本願発明についての特許を受ける権利の持分を取得し、同六〇年一月一九日特許出願人名義変更届けをした。特許庁は、前記審判請求を昭和五九年審判第一二〇四一号事件として審理した結果、平成二年一月二五日右請求は成り立たない、とする審決をした。

二  本願発明の要旨

組み立てられたセグメント又は地中埋設管2の先端部に推進管3を嵌合し、推進管3に密閉壁4を設け、同密閉壁4に切羽掘削装置12を設け、切羽面13と密閉壁4との中間に掘削室14を形成し、同掘削室14に泥水16を注入する推進工法において、高濃度泥水16を掘削室14に注入し、同泥水に掘削室14の内部において掘削された土砂を攪拌混合させて、更に濃度及び粘性を高めた土砂含有高濃度液状体である超泥水を生成し、これを加圧状態に保持し、同超泥水24を外気開放貯留槽19に制御弁18を介して貯留した後これを排出することを特徴とする超泥水加圧推進工法(別紙図面(一)参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨

前項記載のとおりである。

2  引用例

(一)引用例一(特開昭五一-七〇九三七号公報)

「第2図に図示の土留筒20の先端部にシールド筒1を嵌合し、シールド筒1に遮蔽板2を設け、遮蔽板2にカッター8を設け、切羽Gと遮蔽板2との中間に掘削室3を形成し、掘削室3に泥水16を注入するシールド工法において、泥水を掘削室3に注入し、掘削時攪拌羽根9を回転して掘削室3内の泥水中の泥土の沈澱を防止し、泥水を加圧状態に保持し、同泥水を排管17にバルブ18を介して排出するシールド工法。」(別紙図面(二)参照)

(二) 引用例二(特開昭五二-一九三五号公報)

「泥水加圧シールド工法において、軟泥を切羽に供給して掘削室に充満させ、静止土圧に相当する圧力で加圧し、カッタ2により掘削された地山の土砂を軟泥に混合し、その混合土を含水比が液性限界の近く又はそれよりやや高い状態で排泥管7より取出す軟泥加圧式シールド工法。」(別紙図面(三)参照)

(三) 引用例三(特開昭五三-六三七二六号公報)

「泥水を圧力室Aに供給し、これを加圧状態に保持し、同泥水をその排出流量を規定するバルブ39を介して集泥タンク34に送つて貯留した後これを排出するシールド掘進機。」(別紙図面(四)参照)

3  本願発明と引用発明一との一致点及び相違点

(一) 本願発明と引用例一記載の泥水加圧推進工法である引用発明一とは「組立てられたセグメントの先端部に推進管を嵌合し、同推進管に密閉壁を設け、同密閉壁に切羽掘削装置を設け、切羽面と密閉壁の中間に掘削室を形成し、同掘削室に泥水を注入する推進工法において、泥水を掘削室に注入し、同泥水に掘削室の内部において掘削された土砂を攪拌混合させ、これを加圧状態に保持し、同泥水を弁を介して排泥ラインに排出する泥水加圧推進工法」である点で一致する。

(二) 本願発明と引用発明一とは、〈1〉本願発明では、掘削室に注入する泥水16を高濃度のものとし、これに掘削された土砂を攪拌混合させて、更に濃度及び粘性を高めた土砂含有高濃度液状体である超泥水24を生成するようにしているのに対し、引用発明一ではこのような方法は採られていない点、及び〈2〉本願発明では、泥水を外気開放貯留漕19に制御弁18を介して貯留した後、これを排出するようにしているのに対し、引用発明一では、排水管17にバルブ18を介して排出するようにしている点、でそれぞれ相違する。

4  相違点についての判断

(一) 相違点〈1〉について

引用発明二は、泥水加圧推進工法であって、同工法に用いられている軟泥は、本願発明における高濃度泥水16に相当し、軟泥に掘削された土砂を混合させることから、更に濃度及び粘性が高められた泥水が生成されることは明らかであり、生成された泥水は含水比が少なくとも液性限界に近い状態で排泥管より取り出すことを可能とするものであるから、本願発明の超泥水24と実質的な差異はない。したがって、本願発明の相違点〈1〉に関する構成は引用例二に同様の技術内容か開示されているから、引用例二から当業者が容易に想到し得る。

(二) 相違点〈2〉について

引用発明三は、本願発明の泥水加圧推進工法の一種であるシールド掘進機を用いる工法であって、同工法の推進機のバルブ39は排出量を規定するものとして、本願発明の制御弁18に相当し、集泥タンク34は本願発明の外気開放貯留漕19に相当する。したがって、本願発明の相違点〈2〉に関する構成は、引用例三から当業者が容易に想到し得る。

5  本願発明の明細書に記載された作用効果は、引用例一ないし三の発明から当業者が予期できるものである。

6  したがって、本願発明は、引用例一ないし三の発明から当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法二九条二項により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1ないし3は認めるが、同4(一)は否認する。同(二)のうち、引用例三のバルブ39が本願発明における制御弁18に相当すること、本願発明の相違点〈2〉の構成が引用例三から当業者が容易に想到し得ることは否認し、その余は認める。同5及び6は否認する。審決は本願発明と引用発明一との相違点〈1〉及び〈2〉に対する判断を誤り、本願発明の作用効果の顕著性を看過した結果、本願発明の進歩性を否定したものであるから違法であり、取消しを免れない。

1  相違点〈1〉に対する判断の誤り(取消事由(1))

審決は、引用発明二の軟泥を本願発明における高濃度泥水と実質的に異なるところはないと認定しているが、右認定は以下に述べるとおり、誤っている。

引用発明二の軟泥は塑性体であって、本願発明における高濃度泥水のように液状体ではない。すなわち、〈1〉引用例二の一五六頁左欄下段には「軟泥は、液性限界、即ち土が塑性状態から液性に移行する限界の含水量の近く、または、それよりやや高い状態の含水比を有するもので、・・クリーム状の泥漿で泥土の分野に属する」と記載されているところ、このうち「液性に移行する限界の含水量の近く」にあるとの記載が塑性状態から液性状態への移行過程を明確に表現していること及び軟泥がクリーム状の泥土であることからすると、軟泥が塑性であることは明らかであるし、また「それよりやや高い状態の含水比を有するもの」についても液性限界を超えておらず塑性状態を保ったものである。また、〈2〉引用発明二の発明思想が、従来の泥水加圧シールドでは切羽に供給される泥水と地山との間に比重差があるために切羽の崩壊を生起するおそれがあったものを改良し、切羽に供給するものを地山に近い比重のものにして切羽の土圧に対抗し、切羽の崩壊を防ごうとする土圧シールド工法に近い思想であることからしても、軟泥を液性と解することはできない。さらにこのことは、〈3〉引用発明二の出願者も出願後の特許異議事件において、軟泥は液性ではないことを明言していることからも明らかである。なお、以上からすると、仮に、軟泥が液状体であったとしても、その状態は地山の比重に近く、ゲル化の速度も大きく、液性限界に近い、塑性体に近い性状を有する極めて高濃度、高粘性のものであり、本願発明の高濃度泥水とは異なる。

また、審決は引用発明二の軟泥と掘削された土砂との混合土を本願発明における超泥水と実質的に同一であると認定しているが、この認定も誤っている。前記のように、引用発明二の軟泥は、塑性体であるところ、混合土は軟泥に掘削した地山の土砂を混合したものであるから、軟泥より含水量は少なく、当然塑性体というべきである。このことは、混合土についても軟泥と同様に「混合土の含水比が液性限界の近くまたはそれよりやや高い状態」と規定されている上、泥運搬車で坑外に搬出することとされていることから明らかである。なお、仮に混合土が液状体であるとしても、前記のように極めて高濃度、高粘性のものであるため、これに地山の土砂を混合した混合土は塑性体に極めて近い性状のものであり、本願発明における超泥水とは異なる。

これに対して、本願発明の高濃度泥水は液性であり、超泥水も高濃度ではあるが明確に液体状を保持した流体であり、泥水の部類に属する。

したがって、本願発明における高濃度泥水が引用発明二の軟泥と、超泥水が混合土とそれぞれ実質的に異なるところがないとした審決の認定判断はっている。

2  相違点〈2〉に対する判断の誤り(取消事由(2))

審決は引用例三のバルブ(39)は、本願発明における制御弁18に相当すると認定しているが、右認定は以下に述べるとおり、誤っている。

引用例三の一二四頁右欄下段には「この配管(38)に設けられているバルブ(39)によって、圧力室(A)の泥水排出流量を規定する」とあるように、バルブ(39)が規定するのは泥水であって、掘削土砂ではない。掘削土砂は回転排土装置(6)により排出される。圧送ライン(8)から圧送される泥水は一定であるから、回転排土装置(6)の回転の変動により圧力室内の圧力に変動が起きるので、圧送ライン(8)から圧送される一定量の泥水をバルブ(39)から流出させたり、止めたり、あるいは流出量を加減して圧力室内の圧力泥水による圧力を一定に保とうとしているものである。

これに対して、本願発明における制御弁が規定するのは高濃度泥水と掘削土砂との攪拌混合物である超泥水であり、本願発明は排泥装置と圧力調整装置を一体となし、排泥しながら、掘削室の圧力も調整しようとするものである。すなわち、本願発明の特許請求の範囲には「超泥水を生成し、これを加圧状態に保持し、同超泥水24を外気開放貯留槽19に制御弁18を介して貯留した後これを排出する」と記載されているところ、これによれば、超泥水は加圧状態に保持されているのであるから、制御弁18の開閉具合により超泥水の加圧が変化することは自明であるし、発明の詳細な説明には、「上記超泥水は排出管17及び制御弁18を通過して貯留槽19に上記圧力によって流入排出される」、「掘削室14の圧力が適当でない場合には制御弁18(ゴム製等)の開度及び送泥量を加減することによって掘削室14内の圧力と超泥水の液性を最適に保持することができる」と記載されていることからも、制御弁18が掘削室の圧力調整装置として機能することは明らかである。

3  作用効果の顕著性の看過(取消事由(3))

審決は、本願発明の作用効果は、引用例一ないし三の各発明から期待できるか、又は予期できるものであるとするが、右認定は以下に述べるとおり誤っている。

まず、本願発明においては、掘削室14に高濃度泥水を注入する結果、〈1〉充分に遮水膜が形成される上、切羽面への浸透や洗掘を防止し得るので切羽が安定する。高濃度泥水と掘削土砂とが攪拌混合してできる混合土は高濃度、高粘性ではあるが、明確に液状体を保っているから、〈2〉パイプによる流体輸送が容易である。〈3〉一旦貯留槽に貯留が可能となり、制御弁による排出の調整が容易で、かつ、〈4〉回転カッターに対する抵抗も小さいという前記各引用例からは予期できない効果がある。また、制御弁を設けたことにより、掘削土砂の排出装置と掘削室の圧力調整装置が一体となっていることから、装置が単純であるという利点がある。

以上のように、本願発明は、切羽の安定を保つと共に、単純な装置によって容易に排泥を行うことができる効果があり、小口径のシールド(特に推進工法)に極めて適合している。このような効果は、引用例一ないし三からは期待できないし、また、予期することもできない。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因に対する認否

1  請求の原因一ないし三は認める。

2  同四は争う。

二  被告の主張

1  取消事由(1)について

原告らは、引用発明二の軟泥及び軟泥と掘削された土砂との混合土は、それぞれ本願発明における高濃度泥水及び超泥水とは異なると主張し、これらが実質的に異なるところはないとする審決の認定判断を非難するが、右主張は以下に述べるとおり失当である。すなわち、

引用例二の原告ら指摘箇所の「軟泥は、液性限界、即ち土が塑性状態から液性に移行する限界の含水量の近く、または、それよりやや高い状態の含水比を有するもので、・・・クリーム状の泥漿で泥土の分野に属する」との記載についてみると、右記載中の「土が塑性状態から液性に移行する限界の含水量」との部分については、単に液性限界という学術用語の一般的意味を説示したにすぎず、右記載に続く「近く」の内容を限定するものではないから、右記載を根拠に引用発明二の軟泥が塑性体であるとすることはできない。このことは、以下に述べる技術常識からも明らかである。すなわち、土木関係の専門書である「土木施工ポケットブック」(乙第一号証)には、液性限界の意味につき「土が塑性状態から液状に移るところの限界点の含水比」と技術内容のみならず表現においても類似した記載があり、この点からしても、引用例二の前記記載は一般的意味を説示したにすぎないと解される。また、土木関係の別の専門書である「土木用語辞典」(乙第二号証)は、同用語につき「土のコンシステンシーが液状から塑性状に移る限界の含水量で・・・・・ような含水比」と記載し、土の状態変化の移行過程を引用例二や前掲乙第一号証とは逆の順序で説明しているのであり、これらからすると、この用語の意味するところは、「液状と塑性状との境界に当たる含水比」を意味しているものと解すべきものである。したがって、引用例二の「液性限界」なる記載を根拠に、軟泥を塑性体と解することはできず、かえって同記載は液性状態を意味するもので、また「それよりやや高い状態の含水比」とは、乙第四号証(「土質力学」)に示されている含水比Wの定義に照らすと、液性状態がそれより若干顕著であることを意味するから、引用発明二の軟泥及び混合土は当然液状体のものを含んでいる。また、乙第五号証(「広辞苑」)には、泥土とは、「水にとけた土」と記載されていることからすると、液状体であってもよく、このことと、引用例二の「泥土」の記載に続く「流動性を有し」との記載を併せ読むと、引用発明二の軟泥とは、液状体であるとみるのが相当である。このほか、引用例二には、軟泥が「液比重が概略」・「五~一・二五」であることが示されており、右液比重なる用語及び液比重の値が従来の泥水加圧シールド工法において使用されていた「液比重一・〇三~一・一五程度の比較的希薄な泥水」(引用例二、一五五頁右欄四、五行目参照)に隣接する値であることからしても、液状体であることが裏付けられる。

また、引用例二には、軟泥が「懸濁体」であることが示されている(一五六頁左上欄一一行目ないし同頁右上欄四行目参照)ところ、乙第五号証(「広辞苑」)には、「懸濁質」とは、「固体のコロイド粒子が分散しているコロイド溶液」と記載されていることからすると、右「懸濁体」が液状体であることは明らかである。更に引用例二には、「・・・土砂が下部に沈殿堆積するのを防止するアジテータ」との記載(一五七頁左下欄一ないし四行目)があり、これによれば、軟泥中に混合した掘削土砂は、アジテータ(8)による攪拌が行われないと沈殿することが理解できるから、引用発明二の軟泥及び混合土は液状体であることは明らかである。

2  取消事由(2)について

原告らは、本願発明における制御弁が規定するのは超泥水であり、本願発明は排泥装置と圧力調整装置を一体となし、排泥しながら、掘削室の圧力も調整しようとするものであるから、引用例三のバルブ(39)は、本願発明における制御弁18に相当するとの審決の認定判断は誤りであると主張するが、右主張は以下のとおり誤っている。

そもそも、原告らの右主張は、本願発明の要旨外の主張であって、失当である。すなわち、本願発明の明細書によれば、特許請求の範囲には、制御弁18につき「同超泥水24を外気開放貯留槽19に制御弁18を介して貯留し」と記載されているすぎず、制御弁18によっていかなる制御をするのか全く明らかにされていない。しかも、発明の詳細な説明をみると、右明細書には、「この充満超泥水に泥水圧送ポンプ等による圧力及び推進による圧力が加わるので制御弁18を開くと上記超泥水は排出管17及び制御弁18を通過して貯留槽19に上記圧力によって流入排出される」(四頁二行ないし六行目)、「制御弁18の開閉のみによって排出する構造であるから、掘削土砂に混入する玉石も排出管17を通過する大きさのものであれば、そのまま排出し得る」(同六頁八行ないし一一行目)と記載されていることからすると、単なる開閉弁の機能のみであり、圧力調整装置としての機能の記載はない。したがって、原告らの右主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものであるから、失当である。

また、原告ら主張にかかる特許請求の範囲及び明細書の各記載についてみても、前者は、制御弁18を開閉することにより単に掘削室14の圧力が変動したというだけで、掘削室14の圧力を制御調整する機能を果たしていないし、後者は、本願発明の一実施例に基づく説明にすぎないから、本願発明は排泥装置と圧力調整装置を一体となし、排泥しながら、掘削室の圧力も調整しようとするものであるとの原告ら主張は、本願発明の要旨外の主張である。

3  取消事由(3)について

本願発明の作用効果は、高濃度泥水や超泥水に由来する作用効果であるところ、これらはそれぞれ引用発明二における軟泥、混合土と実質上差異のないものである以上、同引用例記載の効果から当然期待できるものである。

なお、原告ら主張のパイプ輸送による利点については、排出土砂を排出管20で搬出する右主張に係る構成は、本願発明の必須要件項ではなく、実施態様項である特許請求の範囲第三項に記載されたものであるから、右利点は本願発明の一実施態様に関することであって、これを本願発明の目的として位置づけるべきものではない。

第四  証拠

証拠関係は、書証目録記載のとおりである。

理由

一  請求の原因一ないし三の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、以下、取消事由について順次検討する。

引用例一ないし三の記載内容が審決の理由の要点2摘示のとおりであり、本願発明と引用発明一の一致点及び相違点が同3摘示のとおりであることは当事者間に争いがない。

1  取消事由(1)について

原告らは、引用発明二の軟泥は塑性体であるのにこれを液性であるとし、本願発明における高濃度泥水と実質的に異なるところはない、とした審決の認定判断は誤りであると主張するので、まず、この点について判断する。

成立に争いのない甲第三号証(引用例二)によれば、引用例二の詳細な説明の項には、軟泥につき、「軟泥は、液性限界、即ち土が塑性状態から液性に移行する限界の含水量、の近くまたはそれよりやや高い状態の含水比を有するもので、液比重が概略一・一五~一・二五でクリーム状の泥漿で泥土の分野に属する程度で而も流動性を有し、個々の固体粒子の周りに吸着水、自由水の層を有するが、相隣る固体粒子との間隙が少さく、互いに運動を干渉し合う程度に密で流動抵抗の大なる懸濁体である。従つて軟泥中に比較的大形の土砂粒子が混入しても長い時間沈降せず、小さい輸送速度で完全に搬送でき、また固体粒子の濃度が大であつてゲル化の速度が大きく、静止状態の軟泥の外部からの作用力に対する抵抗力が大である。」との記載が認められる(一五六頁左上欄一一行目ないし同右上欄九行目)ところ、原告らの主張は前記記載中の「液性限界」に続く「土が塑性状態から液性に移行する限界の含水量」との記載は、塑性状態から液性状態への移行過程を捉えた表現であるから、右表現からすると、軟泥は、なお「塑性」状態に止まっているとする点及び軟泥は泥土の分野に属するとする点をそれぞれ主たる根拠としていることはその主張自体から明らかである。

そこで、前者の点からみるに、まず前記記載中の「液性限界」に続く「即ち」は、その直前の「液性限界」を受けてこれを説明する接続詞と解されるところ、「液性限界」の意義について、成立に争いのない乙第一号証(昭和四三年八月三一日発行、沼田政矩他一名監修「土木施工ポケットブック」一一七頁)には、「土が塑性状態から液状に移るところの限界点の含水比」と、また、同乙第三号証(昭和四九年一月三〇日発行、社団法人全国地質調査業協会連合会編「建設技術者のための―ボーリングポケットブック」三一九頁)には、「土は含水量の多少によって固体状から塑性状になり、さらに液状に変化する性質を持っている。この場合、液状との境界に当たる含水比を液性限界という。」と、それぞれ原告らの前記主張に沿うかの如き記載が認められるから、これらによれば、右記載部分が、その後に続く句を規定し、軟泥は、液性限界に近いが、なお、塑性状態に止まっていることを表現していると解することもできないわけではない。 しかしながら、他方、右「液性限界」の意義について、成立に争いのない乙第二号証(昭和四六年四月三〇日発行、土木学会監修「土木用語辞典」一〇六頁)には、「土のコンシステンシーが液状から塑性状に移る限界の含水量」と定義されていることが認められるところ、これと前掲各文献の「液性限界」についての前記各記載を照らし合わせると、「液性限界」とは、単に塑性状態と液性状態との境界に当たる含水比ないしは含水量を表しているにすぎず、塑性状態から移行するのか、それとも液性状態から移行するのかは問わないと解することも十分に可能というべきである。そうすると、このような見地からすると、前記の「軟泥は、液性限界、即ち土が塑性状態から液性に移行する限界の含水量、の近くまたはそれよりやや高い状態の含水比を有するもの」との記載中の原告ら援用に係る「土が塑性状態から液性に移行する」との部分は、移行過程を塑性から液性に限定する意味を持たず、単に「液性限界」値の「近くまたはそれよりやや高い状態の含水比を有するもの」を意味しているにすぎないから、軟泥が塑性状態にあるのか、それとも液性状態にあるのかについては何ら言及していない、と解することも十分に根拠のあるところといわなければならない。原告らは、引用例二の前記記載は塑性状態から液性状態への移行過程を捉えたものであると主張するが、前記の文脈と「液性限界」についての前記各技術文献の前記のような各記載方法を参酌すると、右のような解釈の余地を一概に排斥することはできない。

したがって、引用例二の原告ら主張の前記「液性限界」についての記載を根拠として、軟泥を塑性体と即断することは困難というべきである。

次に、後者の「泥土」の記載についてみるに、「泥土」について引用例二にはこれを格別定義した記載は見当たらないところであるから、その一般的な語義の観点からみるに、成立に争いのない甲第八号証(昭和四〇年九月一〇日発行、新版「明解新式辞典」四五三頁)には「水のとけた土」と塑性体を表すかの記載が認められるが、他方、成立に争いのない乙第五号証(昭和四四年五月一六日発行、「広辞苑」第二版一五一七頁)には「水にとけた土」と液性を示す記載が認められることからすると、右語は塑性、液性の両用に用い得ることが認められるところである。してみると、本願発明における前記の「泥土」がいずれの意義を有するかは、その使用された文脈によって決定すべきものである。

したがって、原告ら主張に係る前記各記載をもって、引用発明二の軟泥を塑性体であるとすることは困難であり、その意味内容は、更に引用例二の他の記載内容をも勘案して決すべきものというべきである。

そこで、進んで引用例二の他の記載について検討する。まず、前掲甲第三号証によれば、引用発明二は、その技術的課題として、従来の泥水加圧シールド工法おいては掘削室に供給される泥水の濃度が、液比重一・〇三ないし一・一五程度の比較的希薄な泥水であったことから、切羽の湧水や脱水を完全に防止することができないなどの欠点を有し、これがため、切羽面の土粒子が崩落し、切羽の崩壊が生ずる恐れがあるという欠陥を有していたことから、右の欠陥の克服を目的として提案されたものであることが認められるところ(前記公報一五五頁左下欄一五行目ないし一五六頁左上欄二行目)、右記載によれば、引用発明二は、あくまで泥水加圧シールド工法の技術分野における発明であることが明らかである。また、右記載によれば、従来技術において使用されていた泥水は、液比重が一・〇三ないし一・一五程度であるとした上で、右程度の液比重の泥水は「比較的希薄な泥水」であるとしており、他方、引用発明二における軟泥の液比重が前記のとおり概略一・一五ないし一・二五であると記載されているが、引用発明二において使用される軟泥の材料と従来工法で使用される泥水の材料を全く異なるものと想定して、かかる両者の比重値が記載されたものとは考えられないところであるから、両者を対比して液比重の大小により液状か塑性状かを論ずることは相当というべきところ、軟泥における液比重の下限値は前記の従来技術における「比較的希薄な泥水」とされた泥水の液比重の上限値と一致するのであり、このことからすると、少なくとも液比重の値が一致する右の限度における軟泥は、液性であると推認し得るところである。さらに、引用例二には、軟泥は、「流動性を有し」(一五六頁右上欄一行目)、「懸濁体」であり(同欄四行目)、その中に「比較的大形の土砂粒子が混入しても長い時間沈降せず、小さい輸送速度で完全に搬送でき」(同欄四ないし六行目)、「固体粒子の濃度が大であつてゲル化の速度が大きく、静止状態の軟泥の外部からの作用力に対する抵抗力が大である」(同欄六ないし九行目)、との各記載が認められることは前述したとおりであり、このうち、「懸濁体」とは、前掲乙第五号証(七一四頁)及び成立に争いのない甲第九号証(昭和三〇年五月二五日発行、「広辞苑」第一版八一〇頁)によれば、コロイド溶液であって、液状であり、また、前掲乙第五号証(七〇〇頁)によれば、「ゲル化」とは、軟泥が液状であることを前提とした表現であると解釈されるところ、軟泥が液状であることを前提とする点は前記の「沈降」の表現についても同様である。そして、これらに加えて、「シールド機体における切羽前面の泥水室内の軟泥の比重が大で地山の比重に近い」(一五七頁左上欄六、七行目)との記載中の「泥水室」なる名称も軟泥が液状であることを物語るものと解されるところである。

そうすると、引用発明二の技術分野並びに前記の液比重値の一致及び軟泥が液状であることを示唆する引用例二の前記各記載と原告ら援用に係る引用例二の前掲記載とを総合して、これらを矛盾なく合理的に解釈するならば、引用発明二における軟泥とは、液性限界に近いがなお液性状態を保ったものを包含しているものと解するのが相当というべきである。

原告らは、軟泥は、「クリーム状」の「泥土」であることからすると、塑性体であることは明らかであると主張するが、軟泥の液比重が前記のとおり概略一・一五ないし一・二五であるところ、成立に争いのない乙第七号証(「土木學會誌」一九七五年四月号一六頁)には、泥水加圧シールド工法において液比重一・二ないし一・三の高濃度泥水液の使用により切羽の安定が得られたとする結果を報告する中で、右泥水は「一見クリーム状」のものであるとしていることからすると、軟泥がクリーム状であるとの一事から、これを塑性体であると即断することは困難といわなければならない。また、「泥土」の点については、前述したとおりであって、それ自体で塑性体と解するに到らず、むしろ、前記のような諸点を考慮すると、前記の文脈においては、液状と解する方がより合理的というべきであるから、原告らの前記各主張は根拠がなく、採用できない。

次に、原告らは、引用発明二は土圧シールド工法に近い思想であるとするが、右発明が、泥水加圧シールド工法の分野における発明であることは前記認定のとおりであるから、右主張も採用できない。さらに原告らは、引用例二の出願者も出願後の特許異議事件において、軟泥は液状ではないことを明言していると主張する。確かに、成立に争いのない甲第七号証によれば、右発明の出願人が、右発明に対する特許異議請求事件の特許異議答弁書において、原告らの右主張に沿う主張をしている事実が認められるところである(もっとも、右主張は、「流動性を有するがきわめて流動抵抗が大きく液状ではなくどちらかというと塑性体か、それにちかいもの」とするものであって、塑性と明確に主張しているものとは解されない。)。しかしながら、特許出願における技術内容の確定は当該出願書類の記載に基づいて客観的に行われるべきものであることは、特許出願制度の趣旨から当然のことであるところ、右出願人の主張は、右出願書類に基づく何らの首肯するに足りる根拠を示しているものではないから、前記のとおり引用例二の記載を総合的に検討すると、軟泥とは、前記のとおりのものと解釈される以上、出願人自身の見解であるとの一事をもって、前記の認定を左右し得るものではない。

さらに原告らは、軟泥が仮に液性であるとしても、極めて高濃度である、本願発明における高濃度泥水とは異なると主張するが、本願発明の明細書(いずれも成立に争いのない甲第五、六号証)を精査しても、右高濃度泥水の濃度を引用発明二の軟泥と区別できるように限定した記載は見いだしがたいから、かかる区別を認めることはできず、原告らの右主張は失当である。

そうすると、本願発明における高濃度泥水が高濃度の液性であることは当事者間に争いがないから、これと引用発明二の軟泥が実質的に一致するとした審決の認定判断に誤りはないというべきである。

次に、原告らは、引用発明二の軟泥と掘削された土砂との混合土を本願発明における超泥水と実質的に同一であるとした審決の認定判断を非難するので、以下、この点について検討する。

前掲甲第三号証によれば、引用例二には、混合土につき「カッタ(2)によつて掘削された地山の土砂は軟泥と共に混合され、その混合土の含水比が液性限界の近くまたはそれよりやや高い状態で排泥管(7)より取り出され、気密室(10)を経て(「径て」とあるが誤記と認められる。)泥運搬車によつて坑外に搬出される」と記載されていることが認められるところ、右記載によれば、混合土の含水比は前述した軟泥の場合と同様に「液性限界の近くまたはそれよりやや高い状態」と規定されていることからすると、軟泥より濃度が高まっていることはその生成過程から明らかであるにしても、依然として液性を保っていることは、軟泥について述べたところから明らかというべきである。

そうすると、本願発明における超泥水が高濃度の液性であることは当事者間に争いがないから、これと引用発明二の混合土が実質的に一致するとした審決の認定判断に誤りはないというべきである。

2  取消事由(2)について

原告らは、本願発明における制御弁18は、掘削室の圧力調整装置として機能する点において、かかる機能を有しない引用例三のバルブ(39)とは異なるのに、右バルブ(39)は、本願発明における制御弁18に相当するとした審決の認定判断は誤りであると主張するので、以下、この点について判断する。

ところで被告は、原告らの右主張は本願発明の要旨外の主張であるから失当であると主張するのでこの点から検討する。まず、制御弁18に関する本願発明の特許請求の範囲の記載についてみると、「同超泥水24を外気開放貯留槽19に制御弁18を介して貯留した後これを排出する」と記載されていることは当事者間に争いがなく、さらに成立に争いのない甲第六号証(本願発明に係る昭和五九年六月二一日付け手続補正書)の発明の詳細な説明の項には、「この充満超泥水に泥水圧送ポンプ等による圧力及び推進による圧力が加わるので制御弁18を開くと上記超泥水は排出管17及び制御弁18を通過して貯溜槽19に上記圧力によつて流入排出される」((4)頁二ないし六行目)と記載されていることが認められる。

右記載によれば、制御弁18が超泥水の排出機能を果たすことは認められるが、原告ら主張のように、同制御弁が掘削室の圧力調整装置としても機能するとの点が記載されているものとは認めがたい。

原告らは、この点につき、本願発明の特許請求の範囲には、超泥水は「加圧状態に保持」されているとの記載があるから、制御弁18の開閉具合により超泥水の加圧が変化することは自明であるし、発明の詳細な説明には、「上記超泥水は排出管17及び制御弁18を通過して貯留槽19に上記圧力によって流入排出される」、「掘削室14の圧力が適当でない場合には制御弁18(ゴム製等)の開度及び送泥量を加減することによって掘削室14内の圧力と超泥水の液性を最適に保持することができる」と記載されていることからも、制御弁18が掘削室の圧力調整装置として機能することは明らかであると主張するところ、本願発明の特許請求の範囲の記載中に超泥水が加圧状態に保持されている旨の記載があることは当事者間に争いがなく、かかる状態にある超泥水の圧力が制御弁18の開閉具合により変動することは容易に推認することができるが、右記載からは掘削室内の圧力をどのようにして、どの程度調整することが可能であるかは全く明らかではないから、右の程度の記載をもって掘削室の圧力を調整する方法が記載されているものとは解することはできない。

そうすると、原告らの右主張は、その余の点について判断するまでもなく、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかない主張というべきであるから、採用できない。

したがって、取消事由(2)も理由がない。

3  取消事由(3)について

原告らは、本願発明の作用効果は、引用例一ないし三の発明から期待できるか、又は予期できるものであるとする審決の認定判断は誤っていると主張するので、以下この点について判断する。

まず、原告らが本願発明の具体的効果として主張するところは、掘削室14に高濃度泥水を注入し、これを超泥水とすることに基づく効果(取消事由(3)の〈1〉ないし〈4〉の効果)及び制御弁18を設けたことによる効果である。

しかしながら、前述したように、本願発明における高濃度泥水及び超泥水はそれぞれ引用発明二における軟泥及び混合土と実質的に異なるところはないのであるから、同発明においても同様の効果を奏することは明らかであり、したがって、原告ら主張の前記効果は右引用発明から当然に予期できる効果であって、これを本願発明の特有の効果とすることはできない。また、後者の効果についてみると、右効果が本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかない効果であることは前述したとおりであるから、これを本願発明の特有の効果とすることはできない。

したがって、原告ら主張の効果は、前記各引用例に基づき当業者が容易に想到することができるものか、あるいは本願発明の特有の効果とすることができないものであるから、いずれにしても原告らの主張は失当である。

4  以上のとおりであるから、原告らの取消事由はいずれも理由がない。

三  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)

別紙図面 (一)

〈省略〉

別紙図面 (二)

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別紙図面 (三)

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別紙図面 (四)

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